ペルーへの旅(修正中)
2008年10月旅行社グローバル・ユースビューローによるツアー「インカ帝国の遺産と
ティティカカ湖・ナスカへの旅」に参加しました。ペルー周遊12間。旅行者17名とツアー
コンダクター総勢18人の旅です。
成田出発→アトランタ経由→リマまで。遠い遠い道のりです。
リマについて驚いたのは、思ったよりずっと進んだ町。もっと発展途上の地域情緒溢れた街と想像
していましたが、スペインの影響かヨーロッパ的雰囲気にインカが融合した味わいのある街でした。
そして驚きは、食事の種類の多さと味の良さです。日本人好みの食べ物が多く、最後まで
飽きることがありませんでした。旅行社の厳選された食事に恩恵を受けているかもしれませんが、
美味しく頂き思い出に残る食事にも度々出会いました。途中現地の農民によるストライキで道路が
封鎖さ
れ、予定が狂ってしまいましたが結果は上々で、記憶に残る旅となりました。
首都リマ
チャラと呼ばれる海岸砂漠地帯に位置し人口約790万人の街。
サンマルティン広場・アルマス広場・カテドラル・サンフランシスコ教会・天野博物館・黄金博物館などを見学。
黄金博物館近くのお土産屋さんで「インカ・コーラ」と言う
黄色の飲み物を頂きました。【左】炭酸を抜いた「オロナミンC」と
言った感じですが、味は悪くありません。その後よく注文して
飲みました。

【右】はペルーで有名なコカ茶。高山病予防に良いとのことで
   その後努めて飲んでいました。ハーブティ感覚の味です。
昼食は素的なレストラン「ロサ・ナウティカ」 優雅な気分で昼食を楽しみました。
ここでは変ったお魚のフライを見ました。お隣のペルー人グループが注文した料理
でしたが、生のお魚を真ん中で開き金網のようなものを芯として挟みカラッと油揚げ
していました。一人分半身と言う取り分け方でした。日本で言えば「黒鯛」みたいな
お魚です。イスラエルのガリラヤ湖で獲れる「聖ペテロの魚」とそっくりでした。
サンマルティン広場 アルマス広場
戦車と警備の軍人が
駐在していた。
リマ市内風景 レストラン
ロサ・ナウティカ
クスコ
クスコはインカ帝国時代には首都でした。ケチュア語では「へそ」を意味するそうです。
標高3400メートル。旅行者中最も若い女性1名がクスコの空港に降りた途端高山病らしき症状になり、吐き気と頭痛で気分が
悪くなりましたが、グループを離れて先にウルバンバ(標高2800メートル)に行かれたことにより症状は回復し次日には回復されました。
マチュピチュを訪れてからクスコに戻った時には体が適応しておりその後の症状は表れませんでした。良かった良かった!!最高齢者は
80歳を間近にされた女性でしたが、心配ない御様子。私達も高山病を心配して「ダイアモックス」なる眼科の薬を用意したり、
腹6分を守ったり、コカ茶を努めて飲んだりと努力しました。しかし高山病と思われる症状は表れませんでしたが、私は
シルスタニ墳墓遺跡観光の後、少しの頭痛と食欲不振が生じました。シルスタニ遺跡は標高が4000メートル近くあるそうですが、
少し歩く早さが早かった様で高山病の症状が出ました。我慢出来ない程の気分の悪さでは
ありませんが、食欲がありません。「高山病とはこんなものか」という ちょっとした経験でした。クスコは農民によるストライキで日程が
変更され、一日余分に滞在することになりましたが、小さな町で見るべきところは少なく、のんびりと過ごしました。悪くない街ですが、
警官が多く、治安は配な所もあるのかも知れません。しかし怖い感じではありませんでした。スーパーマーケットを覗いたり、教会の中を
見学して過ごしました。教会の中には驚きでした。金銀や丁寧に刺繍された美しい布でマリア様や黒人のイエス様の周りが装飾されていて、
黒人のイエス様は地震の多いペルーの地震の守り神だと言います。【教会の中は撮影禁止です】
日程変更のため予定外の観光が一つ加わり予定の観光が二つ無くなりました。しかし予定外の観光は見るものを圧倒し感激でした。
マラスの塩田です。塩田は幾つか見学しましたが、自然の谷間の棚田による塩田は初体験。泉のように湧き出ている塩水を利用した
真っ白な棚田が谷間に広範囲に続く光景は見事でした。
クスコ全景 アルマス広場 アルマス広場 マラスの塩田
 
                          訪ねた遺跡
長年の憧れだったマチュピチュにやっと念願かなって出かけルける事が出来ました。まだ今のように多くの人々
が憧れる前から一度その地に立ってみたいと思っていた場所です。世界中から多くの人が訪れ人気の個所と
なり大変込み合うようになっていましたが
それでも何か深い思いがあり、朝夕人々の去った遺跡に座って
その空気を味わってきました
インカ道を歩いてインティプンクまで軽トレッキングも・・・。ペルーには、その他
にも沢山の遺跡が存在していて、其々に逸話を持っているようです。そして遺跡の側でリャマやアルパカなど
を追って家路に着く現地の人々の姿などに出会い新鮮な現実の生活に触れたような感動にも会うことが
出来ます。ペルーは貧富の差はあるものの、飢えている人はいないと、現地ガイドは説明しています
世界中が
そうあって欲しいと思ったものです。せめて飢える人が無い地球にと願ったものでした。


追記_NHK教育テレビ・サイエンスZERO選「人の謎」を見ていて「どうしてマチュピチュの遺跡に憧れたのか」
理解できたようにも思えました。それによるとミトコンドリアDNA(母系)による人のルーツはアフリカにあり
アフリカに発祥した人類が陸や海を渡って、アジアやオーストラリア・太平洋諸島に移動して、南米にまで至り
アンデスのミイラのDNAと同類のDNAを持った日本人が存在しているといいます
人類の祖先はアフリカに
発祥し、色々な個所から移動したY染色体のDNA(父系)と
原住民の女性のDNA(ミトコンドリアDNA)と
混血したDNA(人種)が生じているというような放送していました。なるほどルーツがアンデスにまで及んでいて
懐かしさから私を呼んでいたのかしら?そんな気持ちでサイエンスZERO選を見ていました。
ここに住んでる人々は私のルーツと同じ人々だったんだ。納得!!


マチュピチュ
空中都市とか失われた都市と
言われている。段々畑と城壁で
固められた要塞形式の
都市遺跡。建設目的はハッキリ
しないという。要塞説。神殿説。
天文施設説。離宮説。薬草製造
等の多くの説があるという。
オリャンタイタンボ
インカ時代の宿とも要塞とも
いわれスペインの征服者を
ここに潜み撃退したという。
現地ガイドによるとそれなのに
ここを放棄したのは軍人ではなく
農民であったため、農作業の
季節を迎かえ農作業に戻った
ためではないかという。
シルスタニ
プーノ近郊にありチュルパと
呼ばれる墳墓は作り方は様々
だという。東側に小さな窓があり
冬至には太陽が差し込む様に
出来ているのが共通していると
いう。太陽が差し込む事により
生命が甦ると信じられていたと
いいます。
サクサイワマン
宗教的なものか、要塞なのか
ハッキリしない遺跡だという。
3層の遺跡が22回のシグザグを
描きながら360m続く。クスコの
街が一望できる位置にある。
                       旅行中食した食べ物色々
ペルーでの食事は驚くほどの種類の多さと味の良さに感動でした。ここに載せられないほどの写真があります。
珍しい物では、チリモヤという果物・ピスコサワーという泡立てたレモネード・リャマやアルパカの肉・クイと
いわれるハムスターの肉・チチカカ湖で取れたペヘレイという白身の魚・乾燥じゃがいものスープ・
紫色のとーもろこしの葛湯・キヌアのサラダ・チチャロンという豚の自分揚げ(豚肉を豚の油で揚げた物)
牛の心臓を串焼きにしたアンティチョーク・ペルーのビールとワイン等々。
きりがないくらいです。特に美味しく頂いた4種類を下に写真を載せてみました。ペルーにお越しの際には食して
ご覧になるのも面白いかと考えます。
ザリガニのスープ アヒデガジーナ
(ペルー風カレー)
ロモサルタート
(ペルー風牛肉野菜炒め)
サボテンの実
フォルクローレの夕べ

クスコのとある場所でフォルクローレ・ショーを
楽しみながらの夕食を頂きました。ここでは旅行
期間中にお誕生日を迎えられるお二人の方に
バースデー・ソングとケーキそして金物のお盆を
床に落としてシンバル風の騒音での祝い・贈り物(右)
がプレゼントされました。同席した他国のグループも
大声でハッピーバースデイ・ソングを合唱して下さり、
驚くほどのお盆の音に、大騒ぎの祝福がありました。
きっとお二人は大きな思い出となった事と思います。
ここで演奏された様な地元の音楽は飛行場に着く度に色々なグループが演奏していて、アンデスの雰囲気を
かもし出していました。独特の哀愁を含んだ曲やテンポの良い明るいものがあります。一枚CDを買ってきました。
                         ペルー・レイル(観光用列車)
マチュピチュ行きの観光客専用列車はハイム・ビンガム・トレインとビスタドームそしてバックパッカーの
3クラスがあるようです。私達は行きはウルバンバからアグアス・カリエンテス駅まで、帰りはその駅からポロイ
(クスコ近く)までビスタドームの列車の旅。ビスタドームは天井部分の一部がガラス張りになっていて風景が
パノラマで眺められる。ビスタドームでは軽食のサービスとファッションショーやリャマリーダというリャマ使いの
踊りが披露され楽しい一時を過ごしながらの列車の旅となりました。ポロイからはバスでクスコの夜景を楽しんで
リベルタドール(ホテル)に到着。
アグアス・カリエンテス駅 ショウー 窓からの風景 窓からの風景 天井窓風景
旅行中に泊ったホテル

サンクチュアリ・ロッジ
今回の旅行の決め手になったのはマチュピチュ遺跡前に
建つサンクチュアリ・ロッジに宿泊できるツアーでした。
聞くところによるとここは、大変人気のホテルで、利用
希望者が多く立地条件も良いのでどんどん宿泊料金が
値上がりし現在は750USドル〜と言います。
オリエント急行が経営しているそうです。確かに朝夕
観光客が少なくなった遺跡を鑑賞でき、朝の山の状況が
目の当たりに出来ます。情緒溢れた朝もやの遺跡もまた
格別なものがありました。

また予定ではチチカカ湖畔のホテル「リベルタドール」
にも宿泊予定でしたが、ストライキによる道路封鎖で
宿泊が取り止めになり食事のみとなりました。
食事は美味しい。眺望も抜群。
JW マリオット
(リマ)
海岸沿いに建つ近代的
ホテル。快適。
カサ・アンディナ
(ウルバンバ)
山荘のロッジ風建物。朝
小鳥の声と花で癒される。
リベルタドール
(クスコ)
古いインカ時代の石積の
壁を利用したバーがある。
ラス・ドゥーナス サンリゾート
(イカ)
リゾートホテル。
庭の風景が素敵。
                             イカ
ここではナスカの地上絵を体験しました。セスナ機の機長が「そこそこ羽の下。猿。わかった?!」と言う解説ぶり。
何ヶ国語か話せるようで、お客の国を聞いて色々な国の言葉で解説してくれます。地上絵に到達するまでの
飛行は砂漠の山々が続く雄大な土地の上を飛んでいて感動ですが、地上絵を見ているうちに気分が悪くなっている
人がいます。乗る前にツアー客は乗り物酔いしない方法を教えてもらいますが、個人客に乗り物酔いをしている人が
多いように思いました。私は以前ニュージーランドでセスナの体験をしてたせいか、快適で楽しいものでした。

また オワシス・ワカチナ湖ではサンドバギー体験とサンドボードで砂山からの滑り下りを体験。なかなかのもの。
子供時代に帰ったみたいで楽しい。癖になりそう。

そして翌日にはミニ・ガラパゴスと言われるバジェスタ島へモーターボートで。ペリカンをはじめ
皇帝ペンギンやあざらし等多くの自然の動物が悠々と生活している姿に触れました。ここにいる鳥たちの糞は
良質の肥料として確保され利用され輸出されているそうです。
ワカチナ湖 サンドバギー バジェスタ島 アザラシの群れ ペリカンの群れ
チチカカ湖
標高3890メートル。地球上気船の行き交う
最高標高地点にある湖と言われているそうです。
トトラで作られた浮島ウロス島にも上陸。
(左)バルサと呼ばれるトトラ製の船。(右)は
学校。展望台に上がると山々とトトラ製の船や
家が湖に適合してロマンに溢れています。
おまけの光景
家畜としてのリャマ
夕方畜舎に帰る時。
カメラにポーズ。
観光用のアルパカ クイ
食べるには可哀相。
愛らしいハムスター
楽器製造の家を
訪問。制作風景
を見学
南米の花
ジャカランダ